寝れない時に思い出すあれこれについて

 

寝つきが悪すぎてどんなに疲れていても、前日2時間しか寝てなくても、布団の中にはいった途端数時間は眠れない。それまでずっと眠いのに。なんで…。

 

朝方から昼間にかけての睡眠が一番気持ちよくて深い感じがする。休日最高。

 

 

中学や高校に通ってたころは、机の上が世界一の寝床だった。

昼休みは常に寝てた。

人生で、休み時間に校庭に出たことない。図書館に行くか、寝るか。どちらかの二択だった。

 

中学2年生の頃、席替えをしないタイプの先生が担任になった。

前に座ってた男の子がかなり太っている子で、でかくて、私はその子のおかげで歩き回らないタイプの先生の授業中は大体いつも夢の中にいた。

 

 

その子は当時色付きのシャー芯にハマっていて、ノートを色付きのシャー芯で書いていた。私はたまに後ろからみながら、キラキラ発色する青い文字をみて、いいなぁって思ってた。

なにかの拍子に一度だけ話すことがあって、青色のシャー芯なんてあるんだね、いいね、みたいなことを言ったら何本も私にくれて、嬉しかった。空のシャー芯入れをつくり、そこにしまって机の上に出して眺めていた。

 

 

ある日、学校の技術家庭科の技術の先生が授業しに教室にきて、ブチギレたことがあった。

 

先生がキレてるとき特有の教室の空気が嫌いだった。全員の心が鉛のように重くなっているような空気。はやくおわれ、と思いながら机をみている時間。

 

その先生はいつもすぐキレては机を蹴ったりチョークを投げたりと表現が全身全霊パフォーマンスタイプだった。

私はいつもその先生の後ろ姿を廊下でみるたびに学校から居なくなる呪いをかけていたがとうとう効かないまま私は卒業した。

 

その日のキレていた理由は忘れたが、キレている間に不運にも彼の色付きのシャー芯と落書きが目に止まったらしく、とにかくそれが理由で私の前の席にいた太ってた男の子の頭を、次の技術の授業で作る木の本棚の見本で突然殴った。

 

生々しい鈍い音に私はびっくりして、肩を硬直させて息を呑んだ。

 

一瞬の沈黙の後、その子は泣き出して、でも誰も、なにもいわなかった。

 

結局何事もないまま授業になったのだが、空気はみんなが衝撃を受けた瞬間の空気で静止したまま授業はすすみ、私は心臓がバクバクしていた。

 

また、その子からもらったシャー芯が隠れるようにそっと手を上に置いた自分がいて、そんな自分を姑息で醜いクズだと思った。

 

授業が終わっても私はなにも声をかけられず、いつものように机に突っ伏した。

視界いっぱいに広がる暗い机。

心の中はずっとざわざわしていた。

 

私はその日の夕方に、保健室の先生と数学の女の先生に、いかに技術の先生が怖かったか、理不尽だったかを伝えた。

それが伝わったのか伝わらなかったのか、日常はなにも変わらなかったが、その先生はキレることが減った。でも学校にはずっといて、態度だけはいつもえらそうだった。

 

今なら、と思う。

今なら、たとえ30人が黙っていても私は無言で立ち上がって、緊張に感情がかき回されて泣き喚きながらでも、それはおかしい、まじで、と貧相なボキャブラリーで主張できる気がする。

教育委員会とやらへの電話番号も、今の時代はスマホがあればすぐにでてくる。

学校宛に手紙を書いたってよかった。

男の子に、君は悪くない、あいつまじで頭おかしい、死んだほうがいいと言うべきだった。

 

 

おかしいことをちゃんとおかしいって言える大人にならなきゃいけない。

正義でもなく、使命感でもない、決意のような罪滅ぼしのようなものが私の中で漂っている気がした。

もう10年前のことだけど、たまに思い出す。

 

結局色付きのシャー芯は全部使わないままどっかにいってしまったし、先生の名前ももう覚えていないけど。

 

 

次の年、クラス替えをしてから私は授業中うとうと寝たり本を読んでると注意されるようになった。

 

技術の先生を廊下でみるたびに呪い、その男の子を廊下でみるたびに、挨拶はしないけどその子が笑ってるとどこか安心した。

 

中学校って不思議な場所だったなー。

二度と戻りたくはない。

 

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ロブ・ゴンサルヴェスの絵

錯視画好きすぎてエッシャー展は横浜も上野も行ったけど、ロブゴンサルヴェス展に…行きたい……